※公開日は2024年ですが書かれたのは2023年です
上の記事の続きです。
そもそもなぜこんなシェア不可能な記事を書こうと思ったのか。
とにかくどこかで一度吐き出さないと気が済まないからだろうと思う。
映画ファイトクラブの中で同じ病気を抱えた人たちでそれぞれ苦しみや悩みを吐露して救われる集会というものがでてくるが、日本には残念ながらそういうのがないし推しロスの苦しみを分かち合う集会なんて言うものがあるはずもなく、とにかくこうやってネットで拡散しないように吐き出すしかない...というのがあるのかもしれない。
ともかくオフ会に落ちて、メンブレした僕はリリースイベント週間にSNSからも現場からも消えた。
しかし、自分はそこで消えるつもりはなくその週の最後の定期公演に向けてとにかく休むことを重視した。
そして4日間の休みを経てなんとか現場に復帰したのだが、メンバーは僕の顔を見るなりバツの悪そうな顔をするし、オタクに声をかけられても泣きそうな声で返事をし、ぼくを止めてくれた一回り以上年下のオタクに謝罪し、同じ苦しみを味わったオタク(♂)が抱きしめてくれたのは本当に嬉しかった。
多分ファイトクラブにでてくる、同じ病気を抱える人同士で抱き合うあのシーンと同じだったんだと思う。
推しメンはそんな僕に対してもむしろ、リリイベに来ないことで後悔してないか心配してくれるような子だった。*1
他にも色々なオタクに心配されながらなんとか現場に復帰することができた。
そして、最後の日を迎え、、最後に素晴らしいライブを披露された後いよいよ最後の特典会となった。
色々わだかまりも解けて笑顔で接してくれるかと思いきや....
推しメンはぼくに全く笑顔を向けてくれなかった。
ぼくがこの日のことを必ず記録に残します、そのぐらい良かったですと、力強く言ってもあぁ..そうですか...みたいな塩対応で、笑ったのは、元気?と聴かれたときに一時悪い心に支配されたこともあったけど今は元気だと答えた時だけ、そういえばそんなことあったねとなぜか1人で大ウケしていた。
そして最後のチェキ、お互い幸せになろうな!と言ったが真顔で「忘れないからね」という言葉が返ってきた・・・
その真顔が、やっぱり一度闇堕ちしてSNSで暴れたから嫌われていたのかもしれない....そう思ってその日以降苦しむことになる....
が、結局本心なんてものはもう会う機会が絶対にない以上分かりようがないわけで、最後のオンラインチェキではいつもの明るい推しメンだった。
約2年間の付き合いだったが結局自分は最後の最後に今まで積み上げてきたものをぶち壊したどうしようもないオタクだったの知れない。
そう思うと今でも憂鬱な気持ちになる。
推しメンの気持ちが分からない、嫌われていたんじゃないかという不安を抱えながら生きていくことは本当にしんどい。
いっそ最後のチェキでは嫌いでしたと言ってくれた方が楽だったかもしれない。
自分のこの先の人生はなにかすっきりしないものを抱えながら、残りの人生を生きていくんだろうなぁと思うのであった。
僕のオタク人生はここで終わると思う。。
しかしそれは楽しかったこともたくさんあるが最後の最後、オフ会に外れたことをきっかけにぶち壊れてしまったがために結局救いのない最後だったように思う。
※おまけ
そもそもなんでオフ会に外れたことにそんなに病んでるかというと、自分は数少ない彼女のファントップ5には入ると思っていた。
実際動員が減って悲惨な状態の時はまちがいなくそうだった。
そんな支えてきた自分がオフ会に行けないのは間違っているというある種の正しさを追求してしまった為だと思う。
もちろん本当にただの抽選だったと思うのだが、当落発表直前の特典回で参加人数と応募人数がちょうどだといいねと言っていたあの発言が気になっている。
自分はもしかしたら自分より全然通ってないオタクを含めても、最下層のオタクで、一番来てほしくない、会いたくないオタクだったのかもしれない。
それなのに最後まで一方的に通い続けてしまい申し訳ない気持ちと僕がつぎ込んだことが何のモチベにも役にも立たなかったことへの無力感もある。
この二年間は無駄だったのか、結局そんなこんなで病んで双極性躁鬱と診断され今でも坑不安薬を飲んでいる。
そしていまでもクロスノエシスがアイドルシーンで認められなかったこと、自分もまた、オタクとして綺麗に関係を終わらせられなかったこと、この二点において敗北感を抱えながら生きていくのであった。
*1:リリイベは動画や写メなど普段できないことができる貴重な場でチェキ作りに本気の僕がそこにこないことで後悔してないか気にしていたらしい